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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)4222号 判決

原告

中山こと

姜武典

右訴訟代理人

坂根徳博

被告

今村信

被告

今村鉄夫

右両名訴訟代理人

横山国男

外二名

被告

株式会社中央メッセンヂャー社

右代表者

鈴木渉

被告

株式会社松坂屋

右代表者

伊藤次郎左衛門

右訴訟代理人

兼藤光

被告

株式会社横浜松坂屋

右代表者

伊藤鈴三郎

右訴訟代理人

原生

主文

被告今村信、同株式会社中央メッセンヂャー社は、原告に対し、各自、金一一七九万三四一〇円及び右金員に対する被告今村信については昭和五三年五月二〇日から、被告株式会社中央メッセンヂャー社については同月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告今村信、同株式会社中央メッセンヂャー社に対するその余の請求、被告今村鉄夫、同株式会社松坂屋、同株式会社横浜松坂屋に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告と被告今村信、同株式会社中央メッセンヂャー社との間に生じた分はこれを三分し、その二を原告の、その余を右被告らの、原告と被告今村鉄夫、同株式会社松坂屋、同株式会社横浜松坂屋との間に生じた分は原告の各負担とする。

この判決は、被告今村信、同株式会社中央メッセンヂャー社に対する原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一事故の発生

原告主張の日時場所において、被告今村信運転の今村車が駐車中の自動車に追突し、そのため同乗していた原告が受傷したことは原告と被告今村信、同今村鉄夫、同中央メッセンヂャー社との間では争いがなく、被告松坂屋、同横浜松坂屋との間においても、〈証拠〉によればこれを認めることができ、更に、〈証拠〉を総合すると、原告の右受傷の内容は、左眼球破裂、顔面裂傷等であつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

二責任

1  被告今村信

(一)  被告今村信が、本件事故当時、今村車を所有していたことは原告と被告今村信の間で争いがなく、他に特段の主張立証もないから、同被告は、本件事故当時、今村車の運行供用者であつたと認めるべきである。

(二)  〈証拠〉を総合すると、被告今村信と原告とは中学、高校とも一緒で、本件当時も学年は異なるが共に関東学院大学に在学中の友人同士で、原告から被告今村信に対し適当なアルバイト先紹介の依頼があつたので、被告今村信は前年の暮にもアルバイトとして稼働したことのある被告中央メッセンヂャー社の自動車持込みによる被告松坂屋、同横浜松坂屋の商品配送を原告と二名でしようと考え、両名で被告中央メッセンヂャー社の横浜配送所に申込みに赴き交渉の結果、車両は被告今村信所有の今村車を使用し、事実上配送業務は両名一組となつて行うことを相互に諒解のうえ、被告今村信が被告中央メッセンヂャー社との間で、期間を昭和五〇年六月三〇日から同年七月一〇日までと定めて臨時員雇傭契約を結んだこと、右契約において賃金は距離、容量に関係なく配送した商品一箇につき金八五円と定められ、被告今村信と原告との間では、右収入額の中から使用したガソリン代を控除した残額を折半する約であつたこと、右契約に基づき被告今村信らは、同年七月二日と同五日月(本件事故当日)の二日間稼働したが、二日間とも配送中の今村車の運転は主として同被告が当たつたが、原告も運転免許を持つているところから原告が運転したこともあつたこと、また右横浜配送所への出勤方法については、両名の間で京浜急行線井戸ケ谷駅で待合せることとし、被告今村信が今村車を運転して右井戸ケ谷駅に立寄り同所で原告を乗車させて出勤する旨の合意ができていたが、帰途については合意がなく、一日目は被告今村信が原告をその自宅まで今村車で送り届けたが、二日目の本件事故当日は、被告今村信が遅くまで働き疲労を感じたうえ、雨が降つており、さらに原告宅まで行くとなるとかなり遠廻りになるところ別ら、原告に対し送ることを断つたが、原告が強く懇願するのでやむなくこれを承諾し、原告を同乗させて帰途につき横浜配送所を出発して約二〇〇ないし三〇〇メートル走行した地点で本件事故を惹起したものであること、以上の事実が認められ、〈証拠判断略〉。

(三) ところで、被告今村信は、本件事故当時、原告もまた、今村車の運行供用者であり、したがつて原告は自動車損害賠償保障法三条の「他人」に該当しない旨主張するが、前記(二)の認定事実によれば、前記商品配送時はともかくとしで、少くとも、本件事故の運行を原告も共に支配していたものとみることはできず、したがつて原告を今村車の共同運行供用者とすることはできない。

以上のとおりであるから、被告今村信は、運行供用者として、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

2  被告今村鉄夫

被告今村信が被告今村鉄夫の子で、本仲事故当時、同被告と同居し、大学に通学していたことは、原告と被告今村鉄夫との間で争いのないところであるが、〈証拠〉によれば、被告今村信は、父鉄夫が昭和四七年ころ事業に失敗して経済的に余裕がなかつたため学資も家庭教師等のアルバイトによつて得た収入で賄つていたばかりでなく、本件今村車も右アルバイトの収入で購入し(被告今村信が今村車を所有していたことは、原告と被告今村鉄夫との間で争いがない。)、その車検費用、保険料、ガソリン代等の維持費も自ら賄つていたほか、同車両は右被告においてアルバイト先への往復、通学等専ら自己の個人的用途のために使用し、被告今村鉄夫の事業やその家族のための利用に供したことはなかつたこと、また被告今村信が前記のように被告中央メッセンヂャー社と雇傭契約を結ぶ際、同契約書中の保証人欄に被告今村鉄夫の名を記載したが、右は同被告の承諾を得たものではなく、被告今村信において無断で記載したものであることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

そうだとするならば、被告今村鉄夫は、本件事故当時、今村車の運行を支配しかつ利益を収めていたものとは到底いえず、したがつて同被告に本件事故に関し、運行供用者として自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償義務があるとすることはできないものというべきである。

3  被告中央メッセンヂャー社

〈証拠〉を総合すると、原告と被告中央メッセンヂャー社の間でも、前記1(二)の認定事実が認められる(ただし、右事実中、被告中央メッセンヂャー社が被告松坂屋、同横浜松坂屋の商品配送業務を請負い、同業務遂行のために、被告今村信を自動車持込みの学生アルバイトとして期間を昭和五〇年六月三〇日から同年七月一〇日までと定めて雇傭し、右被告が今村車を運転して原告と共に配送作業に従事したこと、本件事故が、当日の作業終了後、被告今村信が原告を同乗させ、今村車を運転のうえ横浜配送所を出発した後発生したものであることの各事実はいずれも当事者間に争いがない。)ほか、被告今村信らが使用する車両のガソリンについては、被告中央メッセンヂャー社から給油チケットを交付し、同チケットによつて同被告の契約先ガソリン・スタンドで給油を受ける便宜を与え、その代金は後日賃金を支払う時に控除するという方法をとつていたこと、被告中央メッセンヂャー社においては、配送作業に自動車が必要不可欠のところから自動車持込みでないアルバイト採用者に対しては、内勤の場合を除き、同被告において、他からレンタカーを借り受けてこれを貸与し、配送作業に従事させていたことが認められ、〈証拠判断略〉。

そして、以上の各事実を総合勘案するならば、今村車が被告今村信の所有で、本件事故が同被告の帰宅途中の事故であるとしても被告中央メッセンヂャー社はなお本件事故時における今村車の運行につきそれを支配しかつ利益を収めていたものとみるべきであり、そうだとするならば、同被告は、運行供用者として、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

なお、同被告は、原告も本件事故時における今村車の運行供用者であり、したがつて原告は右法条の「他人」に当たらない旨主張するところ、右主張が失当であることは、既に前記1(三)において判示したとおりである。

4  被告松坂屋、同横浜松坂屋

〈証拠〉を総合すれば、被告松坂屋、同横浜松坂屋は、いずれも百貨店業者で(右事実は原告と被告松坂屋、同横浜松坂屋間で争いがない。)、昭和四三年以来、取扱商品の共同配送に関して協定を結んで共同配送地区については、それぞれ担当を定め、自己の担当とされた地区については相手方からその配送品の引渡しを受けて、自己の配送品とともに配送するという方法をとつており、本件事故当時、横浜市保土ケ谷区(横浜配送所の管轄区域)ほか二区は被告松坂屋の担当地区とされていたが、被告松坂屋としてはその所有する横浜配送所の建物及び棚、ベルトコンベア、机、電話等の備品を被告中央メッセンヂャー社に貸与・使用させるとともに同被告に右三区内の配送業務全部を請負わせ(右建物貸与及び請負の事実については原告と被告松坂屋間に争いがない。)、被告松坂屋としては毎年二回中元及び歳暮等の繁忙期の前に被告中央メッセンヂャー社ら配送請負業者の責任者を一堂に集め、その席で配送商品の見込み数の告知のほか早期かつ確実に配送することなど配送業務についての概括的注意を与えるのみで、特に繁忙な時以外は右被告の方から横浜配送所その他の配送所に社員を派遣することもなく、配送所の運営、配送の実施については一切請負業者に委せていたこと、もつとも被告中央メッセンヂャー社としては前記のように横浜配送所の建物を被告松坂屋から借受けており、その営業収入の約八割が被告松坂屋からの配送請負によるものであるほか、両者間の昭和四二年三月一日付け契約書上では、被告中央メッセンヂャー社はその使用人について予め履歴書等を被告松坂屋に提出し、その人員、人物等につき承諾を受けなければならない、また被告中央メッセンヂャー社またはその使用人は被告松坂屋の指揮命令に従い、同被告の定める勤務心得を守らなければならない等の定めが一応設けられているが、被告松坂屋から車両の貸与は全く行われておらず、右契約書中の条項も形式上のもので、これまで被告中央メッセンヂャー社がその使用人についてその氏名及び人員を被告松坂屋に報告したこともなく、ましてその履歴書を被告松坂屋に提出したことも、また提出を要求されたこともないこと、また、被告横浜松坂屋は前記協定で横浜市内保土ケ谷区ほか、二区内の配送についてはこれを被告松坂屋に委託し、同被告がさらにこれを被告中央メッセンヂャー社に請負わすことは了解していたが、その委託配送品を被告横浜松坂屋の笹下センターにおいて被告松坂屋に引き渡すのみで、その後の配送については一切指揮監督せず、被告横浜松坂屋の社員が被告中央メッセンヂャー社を訪れるのは繁忙期に陣中見舞に赴く程度で、配送料金も被告松坂屋との間で清算していたこと、もつとも右笹下センターには被告中央メッセンヂャー社からも従業員一名が派遣されているが、右も配送品の区分けのためで、被告横浜松坂屋が右従業員を指揮監督する関係にはなかつたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

以上の事実からするならば、被告横浜松坂屋はもちろんのこと、被告松坂屋が、本件事故当時、被告中央メッセンヂャー社の配送業務の遂行につき、直接的あるいは間接的にもこれを指揮監督し、今村車の運行についてもこれを支配しかつ、利益を収めていたとみることはできず、したがつて右被告らに今村車の運行供用者として自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償義務があるとすることはできないものといわざるを得ない。

三損害

そこで、次に被告今村信、同中央メッセンヂャー社との関係でのみ損害の点について判断する。

1  治療関係費

(一)  治療費

〈証拠〉を総合すれば、原告は、本件事故の日である昭和五〇年七月五日から昭和五二年六月一六日までの間、入院日数三六日及び通院実日数五三日にわたつて、本件事故による傷害の治療を受け、右治療費として合計金七八万一二六〇円(義眼代金二万二六〇〇円を含む。)を支出したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

(二)  入院雑費

原告が、本件事故による傷害のため、三六日間入院したことは、前認定のとおりで、その間入院雑費として、少くとも一日当たり金六〇〇円、合計金二万一六〇〇円を支出したことは容易に推認されるところである。

(三)  通院交通費

原告が、本件事故による傷害の治療のため、通院実日数五三日間の通院をしたことは、前認定のとおりであるところ、原告本人尋問の結果によれば、右通院に要した交通費は、一回(一往復)当たり金一八〇円を下らないことが認められ(右認定を左右する証拠はない。)、したがつて通院交通費は合計金九五四〇円となる。

以上のとおり、(一)ないし(三)の治療関係費の合計額は金八一万二四〇〇円となり、原告の請求金額である金八一万円を超えることが明らかである。

2  後遺症による逸失利益

〈証拠〉を総合すれば、本件事故による傷害のため、原告の左眼は、眼球摘出手術の施行を受けて失明したうえ、右眼には結膜下に事故時に侵入したガラス片が除去不能のまま残留して異物感の原因となつており、また、額中央部分及び左頬部分に瘢痕を残しているほか、前記手術の結果、左眼窩部に陥没性対称を残していること、そして、自動車損害賠償責任保険上、原告の右後遺症は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表八級一号該当の認定を受けていることがそれぞれ認められ(右認定を左右する証拠はない。)、以上の事実を総合勘案するならば、原告は、後記昭和五二年四月以降稼働可能と考えられる六七歳までの四四年間を通じて、その労働能力の四〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

そして、〈証拠〉を総合すれば、原告は、昭和二八年一二月九日生まれの健康な男子で、前記のとおり本件事故当時大学三学年に在学し、本件事故に遭わなければ昭和五二年三月に卒業し同年四月から稼働して、少くとも同月から翌五三年三月までは昭和五二年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、旧大・新大卒の男子労働者平均賃金(二〇ないし二四歳)の年間合計金一六六万五三〇〇円、昭和五三年四月から昭和九六年三月までの四三年間は、昭和五三年賃金センサスの前同平均賃金(全年齢平均)の年間合計金三六九万五三〇〇円の収入額を得ることができたものと推認されるので、右の額を基礎として前記労働能力喪失割合を乗じ、同額からライプニッツ方式により中間利息を控除して、右四四年間の逸失利益の本件事故当時における現価を求めると、その金額は、金二二九七万九〇一七円となることが明らかである。

3  慰藉料

前記認定の傷害の部位・程度、入通院期間、後遺症の程度その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は金四五〇万円が相当である。

4  好意同乗

原告は、前記二1(二)に認定したとおりの経緯で今村車に同乗し、本件事故に遭つたものであるから、信義則上、右同乗経緯を被告今村信に対してのみならず被告中央メッセンジャー社に対する関係でも斟酌し、いわゆる好意同乗者として、右1ないし3の損害の四割を減額するのが相当である。なお、被告今村信はさらに過失相殺すべき旨主張するが、本件全証拠を検討しても、原告に斟酌すべき過失があつたものと認めるべき証拠はないので、右主張は採用できないものといわざるを得ない。

よつて、前記損害の合計額は、金一六九七万三四一〇円となる。

5  損害の填補

原告が、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険から金六〇〇万五九八二円の支払を受け(右事実は当事者間に争いがない。)、これと被告今村信からの支払を加えて、合計金六一八万円の損害の填補を受けたことは原告の自認するところであるから右金額を前記損害額から控除すると、金一〇七九万三四一〇円となる。

6  弁護士費用

原告が、昭和五三年四月二一日、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任し、相当額の報酬の支払を約していることは、〈証拠〉によつて認められるところ、本件事案の性質、事件の経過、認容額に鑑みると、被告に対して賠償を求め得る弁護士費用は金一〇〇万円が相当である。

四以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告今村信、同中央メッセンジャー社に対し、各自金一一七九万三四一〇円及び右金員に対する、右被告らに対し本件訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかな被告今村信については昭和五三年五月二〇日から、被告中央メッセンジャー社については同月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求及び被告今村鉄夫、同松坂屋、同横浜松坂屋に対する請求は失当であるからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(小川昭二郎 福岡右武 金子順一)

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